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ネタバレ有【感想】映画『ベイビーわるきゅーれ』:主演女性2人のアクションが見応えの良作

7月末に公開以降、映画ファンを中心に口コミで高い評価が広まり、上映時間が限られていることからムービーウォッチメンの候補には入らなかったものの宇多丸さんも観て大絶賛していた本作。池袋シネマ・ロサでようやく観てきた。

社会不適合者な殺し屋の少女たちが、社会になじむため奮闘する姿を描いた異色青春映画。高校卒業を目前に控えた女子高生殺し屋2人組のちさととまひろ。組織に委託された人殺し以外、何もしてこなかった彼女たちは、高校を卒業したらオモテの顔として社会人をしなければならない現実を前に、途方に暮れていた。2人は組織からルームシェアを命じられ、コミュ障のまひろは、バイトもそつなくこなすちさとに嫉妬し、2人の仲も徐々に険悪となっていった。殺し屋の仕事は相変わらず忙しく、ヤクザから恨みを買ったことから面倒なことに巻き込まれてしまい……。 

ベイビーわるきゅーれ : 作品情報 - 映画.com

久しぶりに「これは凄い」と思う映画に出会った(もちろん今年は『竜とそばかすの姫』や『ザ・スーサイド・スクワッド』など他にも凄い映画は沢山あるのだが、今作は低予算で撮られた邦画ながら、アイデアや俳優のアクションが満載で、「お金をかけなくても凄い映画は作れる」という驚きと嬉しさに満ちていた。そういう意味では、同じく今年公開されたストップモーションアニメ映画『ジャンク・ヘッド』の感動に近いかもしれない*1)。

 

この映画の良いところは、恐らく観た大体の人が同じ感想だと思うが、(1)テーマ、(2)主演2人をはじめとする出演者たちのアクションが凄い、(3)独特の笑いのセンス、の3つあたりだと思う。

特に(1)については、本作は「殺し屋(≒プロフェッショナル)モノ」、「社会になじめないはぐれ者の切ないがおかしいギャグ」、「若い女性2人のシュールな日常系」といった要素があり、それぞれの要素を描く既存作品は沢山あるが、この異色の3要素を掛け算してみせた、「枯れた技術の水平思考」とでも呼べそうな設定だ。

主人公2人は高校を卒業したばかりの殺し屋で、殺しのプロではあるのだけれど、納税や家賃の支払いが出来ない(わからない)どころかコミュニケーション能力に欠けており、アルバイトの面接にすら受からない。家事も苦手だし洗濯機も壊してしまう。ある分野のプロが、ひとたび日常生活になると、途端にバイトの面接すら受からない「社会不適合者」になってしまう……というギャップの楽しさに、10代女性ならではの「適当で」「バカな」(「」付で書きました)ノリが重なって、何時間でもこの2人を見ていたい気持ちにさせられる。主人公2人をとても魅力的なキャラクターにできているだけで、この映画は満点のように思えた(逆に言えば、本作のシナリオ面で、それ以外に特にメッセージはない。強いていうならば「社会不適合者であろうとなんだろうと、無理なものに無理にあわせなくていい」……という、大変優しいメッセージが入っているが、それはこの2人が殺し屋として一流だからこそ出来る態度であり、もし殺し屋じゃなかったら、2人はたぶん路頭に迷っている)。

 

また、このきわめて「ダメダメ」な2人が、殺し屋としては一流というのを、文字通り身体で体現してみせる、主演2人(髙石あかり、伊澤彩織)のアクションは圧巻だ。

2人は、自宅で銃をしまっていた場所を忘れたり、自転車の籠にマシンガンを置き忘れていきそうになるほどボケているのだが、ひとたび戦闘になると、大男数人が相手であってもばったばったと殺していってしまう。それも、CGやスタントを使うわけでなく、身体だけを武器にして戦う、泥臭い戦闘シーンが大変魅力的だった。2人の動き、特に初っ端から戦闘シーンを披露してくれる伊澤さんの動きが、とにかく早い。目で追いつけないほど迅速に動きつつ、時には顔面や腹部に重いパンチを受け流血しながら、相手を必死に倒していく姿には、「女性でここまで戦える人がいたのか」と、『ブラック・ウィドウ』とは違う「リアルさ」を感じ、今さらながら頭が下がった(『ブラック・ウィドウ』も凄かったが、あちらの予算を考えると「CGやスタントで幾らでも動きを足してそう……」という邪推が入ったり、「マーベルなので凄くて当然」という先入観があってしまって、本作のアクションにはびっくりしてしまった)。

 

難点を言えば、笑いのセンスがかなり独特なのと、女子2人(特に高石あかりさん演じる「ちさと」)が、JK特有の甲高い声だったり、場をわきまえない大声でしゃべりまくるので、映画館で観ると音響がかなりうるさかった、ということだ(たぶん、戦闘シーンのキック音や銃声音を響かせるためにこの音量にしたのだと思うが……)。その割に、極めて自然な2人の会話が、自然すぎて時々何言っているかわからないところがあり、音響についてはもう少し、調整ができたのではないかと思ってしまった。

 

ちなみにタイトルの『ベイビーわるきゅーれ』、「わるきゅーれ」が平仮名だったり「ベイビー」がついたりと、ものすごく嘗めてしまいそうなタイトルであることもまた、本作に合っていると思った。ワルキューレとは、北欧神話で、戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性軍団だそう(しばしばアニメタイトルなどで聞く単語だが、このタイミングで、初めて意味を知った)。冷静に考えると、現代日本で、殺し屋としてしか生きられないように育ってしまった10代女性2人という、かなり悲惨な話なのだが、アルバイトに落ち続けた末に「私は殺し屋の仕事が好きだ」と開き直るまでの物語。不思議な温かさがある。

*1:もちろん日本映画で「お金をかけなくても凄い映画は作れる」の代表格は2017年『カメラを止めるな!』だろう。『カメラを~』は、最初は池袋シネマ・ロサと新宿K's cinemaの2館公開から始まった作品だ。シネマ・ロサは良い映画館だなぁと、改めて思った